タイムリープ
公開日: 2026/3/15
著者: すぱろー
なんだこの違和感は……?
冷凍庫を開けた瞬間、胸の奥に小さな引っかかりが生まれた。
冷気が顔に当たる。 氷、冷凍うどん、保冷剤、いつ買ったのか思い出せない冷凍肉。
すべて揃っている。
それなのに、落ち着かない。
「何かが足りない」
こういうとき、人はたいてい「気のせい」で片づける。
だが僕はしばらく冷凍庫の前で立ち尽くしていた。
なぜなら、この感覚には覚えがあったからだ。
この違和感。
この妙な確信。
僕はこの瞬間を、前にも経験している。
いや、正確に言うと――
このあと何が起きるかを、知っている気がする。
人はときどき既視感を覚える。
映画ならここで不穏な音楽が流れるし、ミステリー小説なら誰かが死ぬ。
だが僕の人生では、だいたいゴミ出しの日を忘れているだけだ。
だから今回もそういうものだと思った。
だが違った。
頭の奥で、何かがゆっくりほどけていく。
冷凍庫。
違和感。
そして——車。
僕は家の鍵をつかんだ。
理由はうまく説明できない。
だが体が先に動いた。
外に出て、駐車場へ向かう。
歩きながら、もう一つ妙なことに気づく。
この行動にも覚えがある。
ドアを開ける。
後部座席を見る。
そこに、袋がある。
透明な袋の中で、何かが静かに融合していた。
皮と肉と水分が溶け合い、
全体としては餃子の形を失い、
どちらかというと生命体に近い状態になっている。
いわば、でろでろの怪物だ。
僕はそれを見て、ため息をついた。
「……やっぱり」
なぜ「やっぱり」なのかは自分でもよく分からない。
だが、こうなることを知っていた気がする。
袋のラベルを見る。
冷凍しそ餃子。
50個。
そしてここで、記憶が一気につながった。
そうだ。
僕はこれを買った。
近所のワンタン屋で、
レジの横に張り紙があったのだ。
「冷凍しそ餃子 50個 2000円」
安い。
1個40円。
しそ入りで40円。
軽い奇跡である。
僕はそれを買い、
家に帰り、
そして――
車に忘れた。
ここまでなら、よくある失敗だ。
だが問題はそのあとだった。
僕はこの出来事を、
すでに一度体験している。
月曜日の朝、冷凍庫を開けて違和感を覚え、
車に行き、
そしてこの怪物を見つけた。
そしてそのとき僕は強く思ったのだ。
「もう二度と、車に冷凍食品を置き忘れない」と。
これはかなり真剣な反省だった。
人は失敗から学ぶ生き物だ。
少なくとも、そういう建前になっている。
なのに。
なぜ僕は今、
まったく同じ状況にいるのか。
同じ月曜日。
同じ違和感。
同じ車。
同じ怪物。
普通なら説明は一つだ。
僕がとんでもなく学習能力の低い人間か。
あるいは、
僕の脳に何か特殊な能力が宿っていて、
肝心な記憶だけを綺麗さっぱり消してしまうとか。
例えばそうだな、能力名をつけるなら——
忘却の彼方(フォゲット・ザ・フォゲット)
大事なことほど見事に忘れる、
あまり役に立たないスタンド能力だ。
だが、それは違うと思う。
僕はそこまでひどくない。
むしろ自分で言うのもなんだが、
わりと慎重なタイプだ。
だからこそ断言できる。
反省した人間が、
同じミスを、
まったく同じ形で二回連続でするはずがない。
つまり。
残る可能性は一つしかない。
僕は今、
同じ一週間をもう一度体験している。
いわゆるタイムリープだ。
普通ならもっと壮大な理由がある。
世界を救うとか、未来を変えるとか。
だが僕の場合は違う。
冷凍しそ餃子50個。
それが時間の歯車の中心にある。
ちなみに一つだけ付け加えておくと、
僕はこの餃子を一度も食べていない。
買ったあと、
二回とも車に忘れているからだ。
つまりこの商品は僕の中で、
食べ物ではなく怪物の素材である。
それでも問題は残る。
もし本当に時間が巻き戻っているのなら、
次の土曜日、僕はまたワンタン屋へ行く。
そしてまた張り紙を見る。
「冷凍しそ餃子 50個 2000円」
そしてまた思うのだ。
安い、と。
その瞬間、未来は決まる。
餃子を買い、
車に忘れ、
怪物が生まれる。
人類史上もっとも規模の小さいタイムループだ。
僕は車内の袋を見つめながら考えた。
このループを抜け出す方法は、
おそらく一つしかない。
次の土曜日、
ワンタン屋に近づかないこと。
ただ、この解決策には一つだけ問題がある。
僕はどうしたらしそ餃子を食べることができるんだろう。